チャベス・ウォッチ






  
  [関連文献]



最新動向
コロンビアと断交
 2010年7月22日、チャベス大統領は、コロンビア政府との関係を完全に断絶すると発表した。コロンビアが左翼ゲリラ「コロンビア革命軍(FARC)」などの活動拠点がベネズエラ国内に存在すると主張したことに反発した。
カーギルの精米所接収
 2009年3月4日、チャベス大統領は、アメリカ穀物メジャー「カーギル」の精米所の接収を命じた。
金鉱山も国有化へ
 2008年12月27日、チャベス大統領は、外国資本の金採掘鉱山を接収、国有化する方針を明らかにした。
ベネズエラ、同国初の通信衛星を打ち上げ
 2008年10月30日、ベネズエラは、同国初となる通信衛星「シモン・ボリバル」を、中国・四川省の西昌衛星発射センターから打ち上げた。
アメリカ大使を追放
 2008年9月11日、ベネズエラ大統領は、同国駐在のダディ米大使に国外退去を命じるとともに、アルバレス駐米大使の召還を決めた。
鉄鋼大手「SIDOR」を国有化
 2008年4月30日、チャベス大統領は、同国最大の鉄鋼会社「SIDOR」を国有化する大統領令に署名したことを明らかにした。
アメリカ系金融機関からの資金引き揚げを要請
 2008年1月26日、チャベス大統領は「米州ボリバル代替統合構想」(ALBA)首脳会議で、加盟各国に対しアメリカ系金融機関からの資金の引き揚げを求めた。
カラカス・テヘラン協力
 2007年7月2日、イランを訪問中のチャベス大統領はアハマディネジャド大統領とともに、同国南部のアサルエで両国合弁メタノール・プラントの定礎式を行った。メタノール・プラントの生産能力は年間165万トンで、4年後の操業開始を目指している。チャベス大統領は、「カラカスとテヘランは協力して多極化した新しい世界を創る」と語った。
チャベス大統領とアハマディネジャド大統領/AFP(時事)

CNNを起訴
 2007年5月28日、ベネズエラ政府は、チャベス大統領とアルカイダの関係を連想させるような映像を流したとしてCNNテレビを起訴した。
RCTV、閉鎖へ
 2007年5月27日、放送免許更新を拒否されていたベネズエラ最大の民放テレビ局RCTVが、実質的に閉鎖された。免許更新拒否の理由について、チャベス大統領は「低俗な番組によって青少年を危機に陥れた」と説明している。
IMFと世銀から脱退
 2007年4月30日、チャベス大統領は、国際通貨基金(IMF)と世界銀行から脱退する意向を示した。
石油を安値供給
 2007年4月29日、チャベス大統領は「米州ボリバル代替統合構想」(ALBA)締結国のキューバ、ボリビア、ニカラグア3カ国とハイチに対し、石油を半額で供給すると語った。
中国への原油輸出量、100万バレルに拡大
 2007年3月25日、チャベス大統領は、中国への原油輸出量を2012年までに現在の約6倍の1日当たり100万バレルに引き上げると述べた。
エクソンモービル、石油開発事業を譲渡
 ロイターの報道によると、エクソンモービルはオリノコ地域の石油資源開発の国有化期限である5月1日までに、数十億ドル規模の石油開発事業をベネズエラ政府に譲渡する。
米AES系電力を国有化
 2007年2月9日、ベネズエラ政府はアメリカの発電大手AESが所有するカラカス電力の株式(82.14%相当)を7億3900万ドルで買い取ることで合意した。
オリノコ川流域の超重質油開発事業国有化へ
 2007年2月1日、ベネズエラ政府は、シェブロンやエクソンモービルなどの石油メジャーが進めているオリノコ川流域の超重質油開発事業について、5月1日までに同事業の国有化に同意しなければ、事業を接収すると表明した。
授権法案を可決
 2007年1月31日、ベネズエラ国会は、チャベス大統領が国会審議を経ずに大統領令で法律を制定できる授権法案を全会一致で可決した。
アメリカの盗聴が理由と説明
 2007年1月19日、ブラジル訪問中のチャベス大統領は、電話通信会社CANTVの国有化について、「アメリカ資本が支配しており、ベネズエラ大統領の会話録音に利用している」と語った。
通信・電力も国有化
 2007年1月8日、チャベス大統領は、新閣僚の就任式で演説し、1991年に民営化された同国最大の電話通信会社CANTVや、電力会社の国有化などをすすめる法案を国会に提出すると述べた。また、シェブロンやエクソンモービルなどの石油メジャーが進めているオリノコ川流域の超重質油開発を国家資産とすべきだと語った。
ロドリゲス新副大統領とチャベス大統領(AP)

チャベス氏3選
 2006年12月3日、ベネズエラ大統領選挙の投票が行われ、即日開票が開始された。選管発表によると、開票率78%でチャベス氏が61%を獲得し、3選が確実となった。38%にとどまった野党統一候補であるロサレス・スリア州知事は会見で敗北を認めた。
「ブッシュ大統領は辞任を」
 2006年11月8日、チャベス大統領は中間選挙での共和党の敗北はイラク政策に反発した国民な投票の結果だと指摘し、ブッシュ大統領は道徳的見地から辞任し、大統領選を前倒しすべきだと述べた。
ラムズフェルド国防長官を批判
 2006年10月3日、チャベス大統領は、カラカス郊外で講演し、「(ギリシャ神話の)セルベルスという地獄の番犬がいるが、ラムズフェルドはセルベルス、戦争の犬だ」と語った。
外相拘束を批判
 2006年9月23日、チャベス大統領は、アメリカから帰国途中だったマドゥロ外相がニューヨークのケネディ国際空港で、外交旅券を提示したにもかかわらず、入国管理当局に1時間以上、不当に拘束されたと非難した。
「ブッシュは悪魔」と
 2006年9月21日、チャベス大統領は国連総会一般討論の演説で、ブッシュ大統領を名指しして8回「悪魔」と呼んで批判した。
「南の銀行」設立を提案
 2006年9月15日、非同盟諸国首脳会議出席のためキューバ訪問中のチャベス大統領は、「南南協力」(途上国間協力)を具体化する「発展途上国銀行(南の銀行)」設立を提案した。
中国への原油輸出拡大
 2006年8月24日、中国訪問中のチャベス大統領は胡錦濤国家主席と会談し、中国への原油輸出拡大を協議した。会談後、大統領は、今後数年間で対中輸出を現在の日量15万バレルから50万バレルに拡大することに期待を表明した。首脳会談後、国営ベネズエラ石油(PDVSA)と中国石油天然ガスは、ベネズエラのオリノコ油田の共同開発に関する合意文書に調印した。
アフマディネジャド大統領と会談
 2006年7月29日、イラン訪問中のチャベス大統領は、アフマディネジャド大統領と会談し、「いかなる条件下でも常にイランを支持する」と語った。
ロシアと武器供与に関する協定に調印
 2006年7月27日、ロシアを訪問中のチャベス大統領はプーチン大統領と会談し、ロシアがスホイ戦闘機24機、軍用ヘリコプター53機などの武器をベネズエラに供与することに関する協定に調印した。アメリカはロシアに対してベネズエラへの武器輸出の自制を繰り返し求めてきたが、その圧力をはね退けた。
ベラルーシと関係強化の共同宣言署名
 2006年7月24日、チャベス大統領はベラルーシの首都ミンスクでルカシェンコ大統領と会談、2国間関係の強化などを確認する共同宣言や科学技術やエネルギー分野などの協力に関する合意文書に署名した。
メルコスルに参加
 2006年7月21日、アルゼンチンのコルドバでメルコスルの首脳会議が開催され、今月加盟が承認されたベネズエラを率いるチャベス大統領が参加した。これにあわせて準加盟国ボリビアのモラレス大統領、招待されたキューバのカストロ国家評議会議長が出席した。
ロシア、戦闘機とヘリを売却
 2006年7月21日、ロシアのイワノフ副首相兼国防相は、ロシアがベネズエラに戦闘機スホイ30機とヘリコプター30機を売却する契約を両国が締結したと述べた。
アフリカと中南米の連携強化
 2006年7月1日、チャベス大統領は西アフリカ・ガンビアの首都バンジュールで開かれているアフリカ連合(AU)首脳会議にゲストとして参加、エネルギー資源国有化へ向け、アフリカと中南米の連携強化を呼びかけた。
イランや北朝鮮訪問
 2006年6月11日、チャベス大統領はイランや北朝鮮を近く訪問する意向を明らかにした。
ハリウッドによる文化的支配に抵抗
 2006年6月3日、チャベス大統領は、ハリウッドによる文化的支配に対抗し、地元や南米の独立系映画の制作を推進するために建設した映画制作施設のオープン記念式典を開催した。施設は、首都カラカスの郊外に、900万ドルを投じて設立された。
原油価格、ユーロでの設定を検討
 2006年5月16日、チャベス大統領は現在ドルで設定されている同国産原油価格をユーロで設定することを検討する可能性があると述べた。
タンカーの共同建造で合意
 2006年5月10日、ベネズエラと中国は、国営ベネズエラ石油の系列会社と、中国船舶工業公司、中国船舶重工集団公司の間で、共同でタンカー18隻を建造することで合意した。
「米州ボリバル代替構想」に調印
 2006年4月30日、チャベス大統領はカストロ国家評議会議長、ボリビアのモラレス大統領と、ハバナで会談し、「人民貿易協定」(TCP)を締結した。さらに、モラレス大統領は、2005年4月にキューバとベネズエラが締結した「米州ボリバル代替統合構想」(ALBA)に調印した。ALBAは、アメリカが進める米州自由貿易地域(FTAA)構想に対抗し、社会的不平等の克服や国家が効果的な役割を果たす社会への変革を目指した地域統合構想である。
ペルー、ベネズエラから大使召還
 2006年4月29日、ペルー外務省は、カラカス駐在のペルー大使を召還するとの声明を発表した。チャベス大統領が、ペルー大統領選で元陸軍中佐のウマラ候補を支援する発言を繰り返していることに抗議したもの。
アンデス共同体から脱退へ
 2006年4月23日、チャベス大統領はアンデス諸国の経済・社会統合を目指すアンデス共同体から脱退すると表明した。加盟国の中でペルーとコロンビアが相次いでアメリカとの自由貿易協定締結で合意したことに反発したと見られている。
「アメリカの横槍で練習機購入が挫折」と
 2006年4月3日、チャベス大統領は、ブラジルからの空軍用練習機購入がアメリカの横槍によって挫折したと語った。
仏トタール・伊ENI操業の油田を接収
 2006年4月3日、ベネズエラ政府は、フランスの石油大手トタール とイタリアのENIが操業する油田を接収すると発表した。
アメリカの航空会社の乗り入れを制限
 2006年2月24日、チャベス大統領は、アメリカの航空会社のベネズエラへの乗り入れを制限すると語った。
テロを未然に阻止
 ベネズエラでスパイ行為をしていたアメリカ大使館付武官に情報を売っていた同国海軍士官逮捕に続き、2006年2月22日にはテロ計画を企てていたヤラクイ (Yaracuy)州警官3名が行政警察によって逮捕され、高性能爆薬C‐4が押収された。
「原油供給を停止する」とアメリカに警告
 2006年2月17日、チャベス大統領は、アメリカのベネズエラ批判が一線を越えるようなら、同国への原油供給を停止すると警告した。アメリカは輸入エネルギーの15%をベネズエラに依存している。前日、ライス米国務長官が、チャベス政権に反対する運動を展開することによって、チャベス大統領の影響力を弱めたいと発言していた。
中国への原油輸出を3倍に
 2006年2月8日、チャベス政権のラミレス・エネルギー石油大臣は、「2006年は、中国に対する原油の輸出量を3倍にする」と述べた。これにより、1日あたりの原油輸出量を30万バレルに拡大する。
スパイ行為でアメリカ大使館付武官を国外退去処分
 2006年2月2日、チャベス大統領は、在カラカスのアメリカ大使館付武官がベネズエラ軍人から秘密情報を得て本国に送っていたとして、この武官を国外退去させる方針を明らかにした。
シーハンさんとテレビに出演、ブッシュ政権を批判
 2006年1月29日、チャベス大統領は、イラクで戦死した米兵の母シンディー・シーハンさんとテレビ番組に出演し、ブッシュ政権の対イラク政策を厳しく批判した。シーハンさんは、「世界社会フォーラム」に来賓として招かれ、ベネズエラを訪れていた。シーハンさんは2006年4月の感謝祭中に、ブッシュ大統領の地元テキサス州の牧場前で反戦を訴えるテントを張る。
「世界社会フォーラム」に参加
 2006年1月24日にベネズエラの首都カラカスでスタートした「世界社会フォーラム」にチャベス大統領は参加した。
キルチネル、ルラ両大統領と会談
 2006年1月19日、チャベス大統領はアルゼンチンのキルチネル大統領、ブラジルのルラ大統領と会談し、エネルギー統合等について討議した。会談では、「南米統合の理念」を建設するためにモラレス次期大統領への「即時支援」の方針が決定された。
「アメリカが陰謀を企てている」と
 2006年1月10日、チャベス大統領は、モラレス次期大統領について、アメリカが謀略を企んでいることは確かだと述べた。
ブラジルとの石油公社提携に合意
 2005年12月16日、チャベス大統領は、ブラジルのレシーフェで、ルラ大統領と会談し、南米エネルギー統合の一環として両国の石油公社の提携に正式合意した。まずブラジルのPetrobras(ペトロブラス)、ベネズエラのPDVSAによって精製所が建設される。
メルコスル、ベネズエラの加盟申請を承認
 メルコスルは、2005年12月9日、ウルグアイの首都モンテビデオで首脳会議を開き、ベネズエラの加盟申請を承認した。
チャベス派が全議席を獲得
 2005年12月4日に実施されたベネズエラ国家議員選挙で、167議席中、チャベス大統領の与党MVR運動が114議席、残りの53議席も同じ政治志向のグループ、個人が獲得した。野党5党が選挙をボイコットしたため。
アメリカの低所得者層に灯油を供給
 アメリカでは、大型ハリケーン「カトリーナ」等の影響で精油施設がストップし、石油価格が高騰、特に低所得者層が大きな痛手をこうむった。民間団体は、石油会社に利益を還元すべきだと要求したが、石油会社は応じなかった。
 こうした中で、チャベス大統領はアメリカの低所得者層を支援するため、灯油を市価より4割も安く供給することにした。例えば、ボストンではケネディ家が主宰する非営利組織「シチズン・エネルギー」の代行によって、12月から4カ月間にわたって、4500万リットルの灯油が供給される。ニューヨークのブロンクス地区では3000万リットルが提供される。

スペインを称賛
 2005年11月27日、チャベス大統領は、ベネズエラがスペインから軍備を調達する問題で、アメリカから圧力を受けているスペイン政府とその国民がこの問題で断固とした態度を取っていると称賛した。
ベネズエラとメキシコ、相互に大使を本国に召還
 ベネズエラ、メキシコ両国政府は2005年11月14日、双方の大使を本国に召還することを決めた。米州自由貿易地域の協議再開に反対したチャベス大統領が再開論を展開したメキシコのフォックス大統領のことを「アメリカの犬」などと批判したことから、両国関係が急速に悪化していた。


[チャベス大統領の動向(過去の分)]



アメリカの石油産業とベネズエラ財界

 アメリカは、ベネズエラから日量150万バレルの石油を輸入し、南米屈指の油田地帯ともいわれる同国北西部マラカイボ油田の開発にも関わってきた。この石油の利権に近い2大政党(キリスト教社会党と民主行動党)による政治支配が1958年以来のこの国の歴史である。そして、石油産業を支配する一握りの富裕層が富を握り、国民の8割が貧困に喘ぐといういびつな状況が続いていた。1990年代には、市場万能主義のアメリカ型資本主義が浸透し、貧富の格差はさらに広がった。
 カラカス東部の小中高一貫校の教頭、ソニア・グラテドルさんは「世界第5位の原油輸出国なのに、なぜ私たちは貧しいのか。国民の多くは国営ベネズエラ石油(PDVSA)の幹部とその顧客、米国が富を奪ってきたからと考えている」と語る(『毎日新聞』2003年2月6日付朝刊)。
 この利権構造の打破による貧困層の救済を目指して登場したのが、元中佐のウーゴ・チャベス(Hugo Chavez)である。
 チャベスは既成政党、経済・労働団体を「国の富を奪う腐敗集団」と非難し、貧困層救済のための「平和革命」を掲げて1998年12月の大統領選挙を戦い、実業家のエンリケ・サラス元カラボボ州知事を下した。大統領に就いたのは1999年2月。
 カルデラ政権が推進した国営公社の民営化などの新自由主義経済路線が低所得層の生活を圧迫していると批判したチャベス大統領は、2001年末には大規模な私有地の農民への分配、石油産業への国の統制の強化などを含む一連の新法を成立させた。これは、石油メジャーとベネズエラの富を支配する財界の利権とぶつかる。
 しかも、アメリカの覇権主義を批判するチャベス大統領は、自主外交を強めた。アメリカが敵視するイラクやキューバとの関係を保ち、アメリカのアフガニスタン攻撃にも批判的態度を隠さなかった。2001年4月には、中国とエネルギー、農業など7分野での協力協定を締結している。しかも、アメリカ資本が牛耳ってきた探鉱事業への中国企業の参入でも基本合意した。これらの政策によって、アメリカの石油産業とベネズエラ財界、そしてその支配下にあるマスメディアを敵に回すことになった。
G15首脳会議で発言するチャベス大統領


クーデター未遂とアメリカの介入
 財界の不満に支えられて、チャベス政権への抗議運動はエスカレートしていった。こうした中で2002年4月12日、軍のクーデターにより、経団連のペドロ・カルモナ会長が暫定大統領に就いた。チャベスは、カリブ海オルチラ島に幽閉された。同日、フライシャー米大統領報道官は、「チャベス政権は平和的なデモを弾圧した。政権が促した行動が今回の危機を引き起こした」と述べている。クーデターを批判することなく、チャベス政権の責任を指摘したのである。
 しかし、翌13日、首都カラカス西部にある国内最重要の空軍基地、マラカイ基地で、バドゥエル陸軍少将らが決起、カルモナによる国会解散の政令を憲法違反と主張してF16戦闘機が配備されている基地を包囲した。こうして、チャベスは4月15日に政権に復帰したのである。
 チャベスは、幽閉されていたオルチラ島の軍施設に不審な米国機が来ていたことを明らかにし、クーデター未遂へのアメリカの関与を示唆している。ベネズエラ国民の中には、「クーデターは、米国を『覇権主義』と非難し続ける大統領を引きずり降ろそうという米国の陰謀だ。大統領は庶民を心から気遣っており、神が授けた正直者なんだ」(オマル・マグブさん)といった声もある(『神戸新聞』2002年4月16日付朝刊)。
 『ニューヨーク・タイムズ』(2002年4月16日付)も、米高官が過去数カ月内にベネズエラ軍幹部らと複数回接触し、方法はともかく「チャベス大統領は退陣すべしとの立場で一致した」と報じている。さらに『ニューズウィーク』誌(2002年4月22日発売号)も、クーデター未遂事件へのアメリカの関与はホワイトハウスの説明より広範なものだ書いた。また、クーデター未遂におけるベネズエラの財界の支配下にあるマスメディアの果たした役割も見逃すことはできない。
 政権復帰後、チャベス大統領は国内産業の育成などを推進しようとしたが、失業率は悪化し、インフレが進行するなど経済的な悪化を余儀なくされた。2002年12月から約2カ月間、産業界と労組が手を組みチャベス政権打倒を目指したゼネストを続けた。この経済活動の停止によってさらに経済は混乱した。2004年8月、チャベス大統領を罷免するかどうかを問う国民投票が行われ、大統領は信任された。